(0) Introduction


[参考書] テキストより理論的に深いことを知りたい人には参考書として次をあげておく。
高木貞治『解析概論』(岩波書店)
小平邦彦『解析入門』(岩波書店)

微積分学は自然科学などを通して 大きな役割を果たしてきたし, 現在も果たしている。 1年後期(解析学I),2年前期(解析学II), 2年後期(フーリエ解析)にわたってその微積分学を学んで行く。

現代社会と科学・技術は切っても切り離すことができないが, その科学・技術を下支えしているのが微積分学である。 朝起きて天気予報を見たとする。現在の天気予報 は微分方程式の近似計算をコンピュータで行うことにより予報をしている。 歩いて大学に来る途中GPSで自分の位置を確認したとする。 GPSのための静止衛星を打ち上げるときは, 運動方程式に基づく微分方程式を解いて(近似計算をして)ロケットを打ち上げている。

このプロジェクターを動かしている電気の理解にも微積分が必要になる。 直流電流なら,微積分なしでもすますことができるかもしれないが,交流理論の 理解は微積分なしには難しいであろう。 理工系の学生にとっての数学の役割は明らかであろうが, 一言ふれておく。 近代科学の父とも言われるガリレオ・ガリレイ(1564-1642)は「偽金鑑識官」の中で
自然という書物は数学という言葉で書かれている。自然を学ぶためには数学を 学ぶ必要がある
と書いている。(意訳であり文面そのままではない。) 理工系,特に工学系の学生にとっては例えばスパナを道具として自在に扱えるように, 数学も自在に道具として扱えることが技術者としての力量の向上につながる。

微積分は高校でも学び,前期も数学序論で扱った。 そうなるとこの授業は,復習をする, または応用的なことをするということなのであろうか。そうではない。
前期の序論では意識的に高校数学との違いを強調してこなかったが, 理論的な面も含めてきちんと議論をしようとすると2つの点で違いが明らかになる。
1つは,扱う関数として多変数関数 (独立変数が2つ以上ある関数) が登場することである。 解析学Iでは2章で多変数関数の微分を扱うし, 解析学IIでは多変数関数の積分が登場する。

2つ目は質的側面(理論構成の厳密さ)である。 後者については少し説明が必要だと思われる。 微積分の歴史にもふれながら, それを説明して講義のイントロにしたい。

微積分学は17世紀の後半にニュートン(1642-1727)とライプニッツ(1646-1716) によって独立に始められた。 先主権争いなどもあったが今では独立に(お互に相手の仕事を知らないで)考えたとされている。

微積分の源流は2つあり,1つは古代ギリシア以来の『求積法』(面積・体積などを求める方法), もう1つは近代になって考えられ始めた方法で,ここでは『接線法』と呼んでおこう。 ニュートン,ライプニッツ以前にはこの2つは別のもので関連するとは考えられていなかった。 ニュートン,ライプニッツがこれらの間の関連を見つけたことが 微積分学を成立させたと言ってよいだろう。
求積法も接線法も,所謂「無限概念」に関係するもので, その当時から,色々な批判があった。 それは,その当時のヨーロッパ人が数学の理想と考えた古代ギリシアの厳密な取り扱いに比べて, 曖昧%(或る人にとっては「いいかげん」)に感じられたのであろう。 ここでは極限概念に対するバークリー(1685-1753)の批判% [1734年刊『解析学者』による。ここで紹介する文章は表現を変更している。] を紹介する。

$y=f(x)=x^2$の導関数を求めてみよう。 導関数の定義に従って計算すると次の様になる。 \begin{align*} f'(x)&= \lim_{h\ra0}\frac{f(x+h)-f(x)}{h} = \lim_{h\ra0}\frac{(x+h)^2-x^2}{h}\\ &= \lim_{h\ra0}\frac{2xh+h^2}{h} = \lim_{h\ra0}(2x+h) = 2x \end{align*} よって$y=f(x)=x^2$の導関数は $y'=f'(x)=2x$となる。 これに対するバークリーの批判は以下の様である :
数(実数)はc$0$cであるかないかのいずれかである。 だから $h$ も $0$ であるかないかのいずれかである。 最初に $h\neq0$ の場合を考える。このとき上式の最後の等式は成立しない。 次に $h=0$ の場合を考える。このときは途中で $0$ で割算をしている。
いずれにせよ矛盾を含む議論をしているので微積分は正当な理論とは 認められない。
これに対しニュートンを初めとして,確かに色々な説明をしている。 しかし,本質的には答えることが出来なかった。 それは極限概念が直観に依存する形で展開され,数学的に厳密とは言い難かった ことに原因を求めることができるかもしれない。
しかし,微積分学は,惑星の運動法則の解明をはじめとして, 多くのことに解答を与えた。 微積分学は,基礎は曖昧であったが, 捨てるにはあまりに強力で魅力的だった。 百科全書派の代表的な一人であるダランベール(1717-1783)の
「前進しよう。信念は後から涌いてくる。」
という言葉がその様子を表わしている。

17,18世紀を通じて微積分学そしてニュートン力学は大きな成功をおさめる。 海王星の存在を予想したことはその象徴的な出来事であった。 「微分方程式を用いて運動の将来を厳密に予測できる。」という立場は例えば, ラプラスによる『ラプラスの魔』の考えを生み出したり, 哲学に持込まれ,機械論的決定論を生み出す。

フランス革命後,フランスでは大学で微積分が講義され始める。 そのような状況の下,微積分の基礎を明確にする必要が自覚されてくる。 19世紀の10-30年代にコーシー(1789-1857)による『解析教程』のなかで, 極限の数学的に厳密な定義,現在 $\varepsilon$-$\delta$ 論法と呼ばれてい る, が提出される。

微積分学の理論構築のためには,もう1つ問題が残っていた。 それは「実数とは何か」という問題である。 高校まででは 「これこれのものが実数である」というきちんとした定義はやっていない (無限小数も理論的にはキッチリはやってない)。 例として,次の問題を考えてみる。

【問題】$\sqrt{2}$ は存在するか。 すなわち $x^2=2$, $x\gt0$ となる実数は存在するか。
最初に平方根を学んだとき, 「$x^2=2$, $x\gt0$ となる数を $\sqrt{2}$ と呼ぶ。」としたはず。
しかし,そのような数が,実数のなかに存在しなければ,定義は意味がない。
例えば,$x^2=-1$ となる実数は存在しない。だから「 $x^2=-1$ となる実数を $i$ と呼ぶ。」 と定義しても意味はない。その「定義」が矛盾なく定義されているかを調べる必要がある。
実数概念の明確化の必要性の認識は次の事情による。 「微積分学の基本定理」とよばれている定理があるが(解析学IIで扱う), それを示すのには「平均値の定理」を必要とする。 これを示すには「ロルの定理」, そのためには「最大値定理」と遡って行くことができるが, 最大値定理の明確な証明のためには「実数とは何か」の解明が必要ということが自覚されてくる。
そうした中,この問題(実数論)は 19世紀後半に何人かの人によって独立に展開された。 カントール(1845-1918), デデキント(1831-1916), ワイエルシュトラス(1815-1897)などがその人達である。
このようにして発展してきた微積分だが,実際講義する方法としてはいくつかの 立場が考えられる。
  1. きちんと厳密に議論を進める。
  2. 理論的問題について説明はするが,それほど厳密に議論はすすめない。
  3. そのような問題には一切ふれない(さわらぬ神にたたりなし)。
高校までの数学は,(1) の立場でやられていた。 この講義では(2) の立場をとることにする。
Last modified: 2026/09/21 12:11